Case 02

「まだドヤ顔はできへん」原宿のカリスマが振り返る大阪
人気原宿系読者モデル こんどうようぢの「UCHILA」

2016/04/11
若者を中心に絶大なる支持を集めるこんどうようぢさん。“原宿のカリスマ”と呼ばれる彼は、意外にも関西出身である。彼自身にとっての地元・大阪はどんな街だったのか、上京するまでどんな風に過ごしていたのか……今を駆け抜ける彼が当時を振り返りながら、色々と語ってくれた。

「何か面白いこと言わな」僕の中にある“大阪の血”

― こんどうさんは、何年くらい大阪で暮らしていたんですか?

生まれは大阪で、2歳くらいの時に引っ越しました。それでまた、小学5年生の時にまた戻って、上京する19歳まで大阪で暮らした、っていう感じですね。

― 「俺って大阪の血が流れてるな〜」と思ったことはありますか?

おかん曰く、小さい頃の僕は相当ふざけた子どもだったそうで、畳にバナナ塗ってスケートしたり、サラダ油を体に塗ったくったり、目を離した隙にスーパーの野菜コーナーでいちごをめっちゃ食べてたりとか。あと、耳の穴に小豆が入って、取れへんようになったりしたこともあるらしいです(笑)。そういう『ちょっといらんことしい』な子どもだったんですよね。

― ちょっとの限度越えてる気もしますけど(笑)。

これを『大阪の血』って言っちゃうと、大阪の人に怒られちゃうかもしれないですけど(笑)。
仕事をする上でも、大阪の血を感じることは多いです。たとえばトークショーとかで、読者モデルとして出るときは、『読者モデルになったきっかけは?』『今日のコーデのポイントは?』みたいな、普通の質問をされるじゃないですか。それでも「絶対どっかに面白いこと言わな!」ってつい思っちゃいますね。トークショーみたいな場で笑いがないと嫌なんですよ。すぐそうやって思っちゃうのは、多分大阪の血なんやろなと思います。

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― 今、東京に出てきて5年目ですよね。もう慣れましたか?

出てきたばかりの頃は、駅員さんとか店員さんに対して、「みんなめっちゃ冷たいな」と思ったんですよ。ご飯食べて出る時に、『ごちそうさまです』って言っても、普通に無視されたりするじゃないですか。そういうの冷たいなって正直思ったりしてました。でも、今はもう慣れましたね。そういうほうが気楽だっていう人もいるだろうし、僕みたいに言いたい人は、相手が反応しなくても『ごちそうさま』って言えばいいし、くらいの感覚です。

― フランクに声をかけたりするイメージがなかったので、少し意外です。

関西におる時は、電車の中でおばちゃんと仲良くなったり、おじちゃんとしゃべったりとか普通にしてましたよ! 僕からしゃべりかけたりもしてましたし、バスで隣に座ったおばちゃんに『今日暑いですね』とか言っちゃう人だったんで、よく『なんか食べる?』ってアメちゃんもらったりしてました(笑)。

たくさんの仲間ができた大好きな場所『アメ村』

― こんどうさんといえば、原宿のイメージが強いですが、大阪にいる頃はどのあたりで遊んでいたんですか?

週4くらいでアメ村に行ってました。堀江とか船場にお店が増え始めてからも、値段が高いイメージしかなかったんであんまり行かなかったですね。行ったとしても見るだけというか。
アメ村で、ファッションを通じて気の合う友だちがたくさんできて。学校よりも居心地がよくて、僕にとって大好きな場所でしたね。

― 当時はどんなファッションをされてたんですか?

ずっとやっすい古着ばっか買ってましたね。今考えるとセンスひどかったです(笑)。思い出すだけで恥ずかしいですね……。昔持っていた服とか、もう一切持ってないなぁ。絶対もう着ないんで。

― 気持ちもファッションも、色々と変化があったんですね。上京するまで知らなかったことって何かありますか?

『りくろーおじさんのチーズケーキ』が大阪みやげだっていうことですかね。僕、超好きなんです。普通に家の近くにお店があったんで、有名だっていうことも全く知らずにしょっちゅう自分で買いに行ってたんですよ。1ホール、昔は500円か600円くらいだったかな〜。もうふわっふわで。今は新大阪の駅でも買えるので、大阪に行った時はぜひおみやげで皆さん買ってください!
……こういうことを聞きたかったんじゃないですよね?(笑)。

― そうですね(笑)。何かこう、『自分でも知らなかった自分』のような……

あぁ、あります。地元にいた頃は、全然そういうキャラじゃなかったんですけど、自分が割としゃべれる人間なんだっていうことは上京して知りましたね。ずっと、すごいしゃべりが達者な人たちに囲まれていたし、関西のテレビ番組はお笑いばっかりやったし……。そういう環境のおかげで、知らず知らずにトークスキルが自然と身についてたんですよね、多分。
だから、さっきも話したようにお仕事でトークショーとかやると、僕すごくしゃべるんです。ガンガンボケるんです(笑)。そういう自分がいるっていうのは、地元にいた頃は気付いてなかったことですね。

今の自分じゃまだ“ドヤ顔”はできない

― 東京に出てきた今、あえて「大阪でやりたいこと」は何かありますか?

大阪でレギュラーを持ちたいんです。今のところは難しそうですけど、それがテレビでもラジオでも何でもいいので。地元でも流れる全国放送のテレビには、出たことがあるんですけど、地元でしか流れない番組は、また少し違うじゃないですか。
もちろん仕事で毎週大阪に帰れるというのも嬉しいですし、毎週は無理だとしたら、月1回でもいいから大阪で何かレギュラーを持ちたいなっていうのは、すごく思ってますね。

― “凱旋”は、地方出身者にとって目標ですもんね。

でも、同級生に今のこういった活動を見られるのは、ちょっと恥ずかしい気持ちもあるんですけどね。僕、学生時代目立つようなキャラじゃなかったので「あんな地味だったやつが」みたいに思われてるんだろうなー、とか思ったりも正直します。

― 露出が増えたことで、当時の同級生から久しぶりに連絡が来たりとかするんですか?

Twitterでリプライが来たりとか、事務所に手紙が届いりとかは、ちょこちょこあります。『◯◯だけど覚えてる?』みたいな。正直覚えてないくらい昔の同級生からもありがたいことに連絡もらったりします(笑)。

― そういった反応はどう捉えてらっしゃるんですか? いわゆる“ドヤ感”というか……。

あぁ、ドヤ感みたいなものは全くないですね。本当に自分はまだまだだと思ってるんで、今の状態ではドヤ顔できないです。でも、いつかできるようになりたいな(笑)。もっと頑張ります!

どこに行っても忘れてほしくない“あったかさ”が大阪にはある

― では最後に、同じ大阪出身の頑張っている若者に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。

大阪はあったかい街なんで知らない人でもガンガンしゃべりかけてきたりするんですよ。その距離感が思春期の頃だと、うざいとかうるさいとかって感じたりするんですよね。でも、それってすごくありがたいことだったんだって離れてみて気付きました。
だから、今あるそういう交流やマインドを大事にしてほしいですね。そういった“大阪らしさ”は知らない土地でもやっていける強さになると思います。大阪を離れても、ずっとあったかい人でいてください。

このインタビューに答えた人

こんどうようぢ

1992年大阪府生まれ。『ジェンダーレス男子』として、原宿系を中心に人気を集めるカリスマ読者モデル。
「ぐるんぐるんセカイ」で歌手としてもメジャーデビューを果たし、自身がデザイナーを務めるファッションブランド「DING」を発足するなど、幅広く活躍している。
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[ライター/神田桂一 カメラマン/黒川隆斗(Concent)]

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