Case 04

大阪は大好きやけど、嫌いなとこもアホほどある「かかってこいや!」と言ってやりたい 塩谷舞の「UCHILA」

2016/04/11
2015年にPR・編集者として独立、新たな一歩を踏み出した塩谷舞さん。通称「しおたん」の名で常にパワフルに活動される塩谷舞さんも大阪の出身です。塩谷さんのマインドの原点でもある関西での芸大生時代を中心にお話を(関西弁で)聞きました。

「大阪出身」とも言い切れない、私は千里ニュータウン出身です

― 塩谷さんは大阪のどちら出身なんですか?

生まれは大阪の千里です。千里は大阪市内に勤める人たちのベッドタウンみたいな存在で、大阪万博の「太陽の塔」が近くにあります。50年くらい前にそれまで竹林やった場所が開拓されて、いわゆる「ニュータウン」が日本で造成された土地なんですよ。教科書とかでも「最初にできたニュータウン」として登場したりします。だからいわゆる「コテコテの大阪」な感じがあんまりしなくて、通天閣とか道頓堀みたいな、いわゆる大阪らしさをイメージして来るとちょっと物足りない感じがするし、大阪出身と言うよりも「北摂出身」とか「千里出身」って自己紹介しちゃうことが多いかも。私は吹田市出身ですけど、近隣の豊中、池田、茨木、箕面、高槻あたりをまとめて「北摂」って読んでて……あ、摂津も。ちょっとその名称にプライドを持つ地域なんですよ……。

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― プライド?

「大阪の、北摂出身です。千里です」っていうと、「ああ、ええとこの子なんやねー」って返されるのが(関西では)鉄板なんですよ……。ただ、生粋のブルジョアしかいない芦屋エリアとか、最高峰のプライドを持った京都人には通用せず……。あくまで大阪人同士での会話の中で頻出するやりとりです(笑)。

― 生まれ故郷「千里ニュータウン」がご自身に与えた影響ってありそうですか?

東京と違って公立小学校に通う子が多かったので、めちゃくちゃブルジョアな子も、普通の子も、みんな同じクラスにいたのは大きかったかも。同級生がバライティに富んでて、小学校はめっちゃ楽しかったな〜。

小学生の頃の塩谷さん

― 大学は大阪ではなく京都の大学に進学したんですよね?しかも芸大に。

そうです、そうです。京都市立芸術大学に行きました。最初、大学は普通に勉強して関関同立あたりを狙ってたんですが…。というのも、塩谷家の長女が関西学院大学に通ってて、関学ってとにかくお洒落やったんですよ。立地も素敵やし、校舎がヨーロッパのお城みたいで。5学年上のお姉ちゃんは自分の中でカリスマやったから、姉の通ったレールをそのまま歩きたい欲がありました。でも、なんだか彼女の後ろを歩むのも嫌だな、ともモヤモヤしてた(笑)。

― 兄や姉を持つ人はその気持ちとてもわかると思います。

このまま我が人生永遠に姉の開拓したレールでいいのか……って思いと、私自身子どもの頃から演奏したり、絵を描いたりするのが好きって思いもあって、やっぱり芸術方面に舵を切ろうと。あ、でも自分がアーティストになりたいとか、そういう気持ちはなかったんです。昔から絵を描いても、ピアノを弾いてても、何をしても割といい線まで行くんですけど、最後の最後で詰めが甘いというか、75点くらいの出来なんです(笑)。「まあ、器用だよね」みたいな子で。

ゴリラたちがいない京都

― アーティストを目指すわけではないのになぜ京都芸大を選んだのでしょうか。

きっかけは、高3の美術の授業です。クラスにめっちゃ絵が上手い男の子がいたんです。でもめっちゃ大人しい子で……高校の中ってスクールカーストが機能してしまうから、バスケ部とかサッカー部、もしくは声のデカい子に発言権があって、才能がある文化系の子が軽視されてるように見えたんですよ。才能は私の何倍もある子で、すごい技術を持っているのに、見せ方とか、プレゼンが出来ないんです。だからコミュ力や営業力がある私が学校行事のパンフレットを描いちゃう。75点のくせに。私の作品は表に出るべきじゃない、こういう人をもっともっと世に出すべきやろ、って考えはじめたんですよ。その本人はどう思ってるかはわからないですけど……。

― 現在の「しおたん」誕生のニオイがしてきました。

それで美術の先生に「学芸員」とか「キュレーター」って仕事があるのを教えてもらって。とりあえず、アーティストたちに近い「企画」「運営」をやりたいなーと思ったんです。で、行き着いたのが京都市立芸術大学(以下、京都芸大)の総合芸術学専攻だったんですね。

― 絵が上手い同級生の才能や技術を妬まなかった?「私にも技術があればな」と。

う〜ん。それはなかったですね。横並びになったときに才能がある子は明らかに全然違うんですよ。絵でもそうやし、ピアノでも、演劇でも。個体とか、作品から出るオーラっていうんですかね。それに対してもちろん悔しさもあるけど、私は昔から比較的引いて見るタイプだったので。演劇もやってたんですが、自分が舞台に立つよりも、自分より絵が上手い子や歌が上手い子や顔がかわいい子や演技が上手い子を適材適所に配置してディレクションして、全体を作り上げていくほうがよっぽど向いてるなーと思ってました。

だから才能のある人への悔しさよりも「私がお客さんだとしたら、やっぱりあの子が見たいだろう」って、割と冷静なマーケティング視点を小学生くらいから持ってましたね。「作品になったとき、一番お客さんが喜ぶんは誰や?」って(笑)。

― 高校を卒業後、京都芸大に通うようになりますが、大阪と比べて京都という土地はどうでしたか?

京都というよりも、京都芸大には西日本全域から学生が集まってるんで、関西弁率がめちゃくちゃ低いんですね。京都と大阪の府民性も、京都のほうがおっとりしてるし。それでめっちゃショック受けたのは、ゴリラみたいな子がいないんです。

― ゴリラ?どういうことですか。

大阪の高校生は、みんなゴリラみたいなんですよ。特に女子。校内に強いゴリラの群れみたいなんがいくつかあって、みんな地響き鳴らしながら大声で笑うんですね。大阪の女子高校生はおもろかったら音鳴らすんですよ。手叩いたり、足で床をバンバン鳴らしたり。その音が大きければ大きいほどそのグループの勢力は強いんです。ゴリラのメスにそんな習性あるかは、知らんけど。

― そんなゴリラのような女の子たちが京都にはいなかった。

そうなんです。大学に入ったら、全然その文化がなくて。笑いながら手叩いたら、教室で響く響く(笑)。めっちゃカルチャーショックでしたね。

「ああ、ここには、まとめる人が不在なんやな」

― 京都芸大に入ってから、当初の目的には近づけたんですか。

うーーーーーーーーーん、うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん……同級生には、親が画家やったり、建築家やったりする人とか、あとは浪人生がいっぱいいて。私は現役でポッと入ってしまったタイプなんで、最初は同級生と共通の話題が見つからなくてつらかったですね……美術の知識も、デザインの知識もなさすぎて……技術もないし、ゴリラもいないし……。彼らと「おもろい」の文脈が違いすぎて、かなりヘコんで、必要最低限しか学校行かなくなっちゃいましたね。

― 芸大が持つ価値観や空気が、正しいものだとは思わなかった?

思わなかったですね。先生に「あなたはどういうことをしたいのか」と聞かれた時に、「新しいものを作りたいです」っていう話をしたんですが、「大学、転学した方がいいんじゃない?」みたいなことを直接言われて、超ショック。いわゆるスタートアップみたいなことがしたかったけど、京都の歴史と伝統ある大学やから先生たちの研究領域ともズレるし、先生たちもどう扱っていいのかわからなかったみたいなんです。まぁ何より、不真面目やったのに諦めずになんとか卒業させてもらって、先生方には今も頭が上がりませんが……。今は京芸も、随分状況も変わってるみたいなんですけど。当時私のやりたいことを実現するには、SFCに行けば良かったのかもしれないけど、そんな大学の存在すら知らんかった。そんなこともあり、課題も出さずアパレルのバイトばっかり行ってました。

― 自分と学校との「ズレ」が見えてきたんですね。

決定的だったのが、1年生の頃に芸祭でやったファッションショーです。友達に頼まれて私はモデルとして参加したんですけど、その仕切りが……(怒)。作ってるものはそれぞれおもしろいんですけど、ショーとしてのコンセプトもないし、ディレクター的な人が不在で、音楽もバラバラ。「こんなの素材殺しやー!」と思って。待ち時間も長いし!(このあたり、取材時にはかなり口が悪くなっています)「ああ、ここには、良い作り手はいるのに、まとめる人が不在なんやな」と思って。

それで2年生の時、ちゃんとディレクションしたショーをやろうと。それまで公募でモデルさんや裏方さんを集めてたみたいなんですけど、こっちから声をかけて、裏側からきちんと作ってショーを開催したら、うまいこといったんです。今思うと、芸祭の中っていうちっちゃい枠ではあったし、素人仕事やったんですけど……そのショーの成功がもう、めちゃくちゃ嬉しくて。

― そのファッションショーで何かが変わった?

それまで「自分は劣等生や!」って意識が強かったんですけど、作り手の子らが「あれはまとめ方がよかった」ってすごく評価してくれて。みんなでなにかを作り上げるって機会は少なかったから、それまでにない達成感を感じてもらえたんです。「あ、私はそもそもこっちがやりたくてはいってきたんだから、絵が下手とか話が合わないとかで劣等感を感じるよりも、得意なことに集中しよう」と思って、ファッションショーをもう一回学外でやってみたり、京都芸大以外の美大生を巻き込んだイベントを企画したり。こういったフリーペーパーを作り始めたりしました。

― いざ中心となって動いてみて、こういった仕事が自分に向いてるなって感じましたか?

向いてるし、思ってた以上に、外からの期待がすごかったんです。最初はそこまで意志が高かったわけではないんですけど、「こういうの待ってた〜!」みたいな声が学生からも大人からも多くて。「君みたいな美大生なかなかおらんで!」と、結構持ち上げられてしまって。

― そういう時って神輿に乗っちゃうタイプ?

がんがん乗っちゃうタイプ(笑)。百貨店とかファッションビルからもオファーがきて、京都も、梅田も、西宮も、関西の商業施設は総巡りしていきました。いろんな場所でアートフェアを企画したり、京都のお寺でイベントやらせてもらったり。評価されては嬉しくなって舞い上がって、事故って、怒られて、また嬉しくなって……の繰り返しでしたが(笑)。

― この活動は大学卒業まで続いてたんですか?

一年休学したんで5年生まで在籍してたんですけど、その頃には2代目の子( @ayupys)に引き継いで以降はめったに参加せず、今は……5代目…6代目とかかな? いよいよ10歳下くらいの子達が、SHAKE ART!って団体を運営してますね。

みんなポテンシャルはあるのに、なんかくすぶってる

― 学生時代を過ごした大阪ですが、大阪の嫌いなところってあります?

めっちゃありますよ。アホほどありますよ。でも、関西人はめっちゃ好きなんです。ノリもいいし、話も早いし、大阪人て伝えることとか表現することに秀でてるから、絶対に広告クリエイターに向いてると思うんですよね。東京でキレッキレのクリエイターとかに地元聞くと、大阪とか、関西出身のことが多い。テンポが速くて一緒に仕事するのが楽しいです。たまに大阪で飲んだりすると、そのノリの良さと幸福感が幸せで……泣きそうになるくらい好きなんです。でも、だから言いたいことがめっちゃある。

― どんなところが嫌いなんでしょうか?

大阪のローカル番組とか見てると、自虐の文化がすごいんですよ。「大阪って全国ワースト1やで!」っていうのを他の都道府県と比べて卑下して、面白がるんです。盗難とか、自転車事故とか。私もそれを子どもの頃からずっと見聞きしてたから、それが当たり前やと思ってたんですけど、いざ3〜4年離れてみてみるとこれ情操教育としてかなりヤバいんちゃうやろかと思って。番組の雰囲気も「大阪はアカンから、こういうところ直していきましょう」じゃないんです、「やっぱ大阪人て最悪やな、でもええやん大阪やし!」で終わるんです。それがオモロい部分でもあるんですけど。

― 問題の根本的な解決には至らないんですね…(笑)。

そう、解決しない……そやから、梅田の乗り換えとかがいつまでも難しすぎるんとちゃうかな……東京の友達を梅田に連れて行ったら、「この街、UX(ユーザーエクスペリエンス)悪すぎじゃない?」とか言われる。そうバカにされるとなんか悔しくて「良いも悪いも、これが梅田や!」って反撃してしまうんですけど(笑)。あと、大阪で夢を語ると「ふ〜ん、応援してるわ〜がんばって〜」みたいな感じで流されるんですよ。大学時代は、クリエイター志望の同級生とかにそれ言われるのがめっちゃ嫌やった。「いや、私の応援してんと、お前も壇上に上がれや!」って喧嘩しそうになってました(笑)。みんなポテンシャルはすごくあるのに、上昇志向がない。っていうと語弊があるな……上昇志向を持って欲しいんじゃなくて、上昇志向がある人を集団で冷やかすのはやめて欲しい!!!

― そろそろ大阪のいいところも教えてもらってもいいですか?(笑)。

めっちゃありますよ!むしろそれを先に聞いてくださいよ、悪口ばっかじゃないですか(笑)。大阪人のホスピタリティーはすごいですよね。気を利かせたおもてなしをしようっていうんじゃなくて、「場を盛り上げな!」っていう意識がすごい。気を利かせても、逆に緊張させてしまうし。場の空気を欲する文化がすごいんですよね。めんどくさい建前を抜かして、結構単刀直入に言っても関西弁やとトゲがなさそうに聞こえるし。ってのは、私が関西人やからですかね?

あと阪急電車。阪急沿線の人は阪急電車めっちゃ好き(笑)。とりあえず線路によってカルチャーが違って面白いんですよ。神戸と京都っていう全然色の違う場所に30分くらいで行けるところもいい。それぞれに軽く対立しあいながらも(笑)、人はその間を行き来してるのがいいですね。

あとめっちゃいいのが、アートイベントとかをやろうとしても子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで誘わないと人が集まらないとこ。東京やと若者だけで2〜300人くらいはすぐに集まるけど、大阪でやると同じ趣味を持った若者なんて少ないから、むしろ企画者としては子どもから大人までどうやったら楽しめるやろうっていうのを常に考えなアカンくて、それが楽しいんですよ。東京来てからは、同世代の若者以外との交流がホンマに減って、めっちゃさみしいです。若者でも、クラスタの近い人ばっかりやし。東京は仲間が多くて過ごしやすいけど、思想が偏りがちになるなーと思いますね。

― なんだかんだ好きな部分もたくさん出てきましたね(笑)。

大好きですよ!今もしょっちゅう帰ってるし!東京やと多忙のあまり禁酒してるのですが、大阪に帰ったら絶対飲みます。楽しすぎる。

― 最後に、大阪で働く若者にメッセージを。

どんどん情報発信して欲しいです!大阪に行ったらここがオモロい、って場所を日本全国世界中に教えてほしい。ヨッピーさんが『地元・大阪人が選ぶ大阪に行ったら絶対に立ち寄りたい観光地まとめ』って記事作ってはったけど、ああいう外向けの情報を取り扱う地元発のWebメディアがもっとあっても良いのになぁと思います。

あとは、そうやな……東京から来た人をいじめないであげてください…(笑)。たまに長期出張で関西に行くサラリーマンとかが「言葉づかいが弱そうって言われた…」とか落ち込んでるのを見るから(笑)。

でもなんにしても、集団心理にハマらずに積極的に喧嘩を売って欲しいです!

― 得意の「いや、かかってこいや!」の精神ですね(笑)。今日はありがとうございました。

このインタビューに答えた人

塩谷舞(しおたん)

1988年大阪府の千里生まれ。京都市立美術大学在学中に、関西の美大生をつなげるプロジェクト「SHAKE ART!」を立ち上げる。上京後、CINRAでWEBディレクター・PRとして活躍。現在は、「THE BAKE MAGAZINE」の編集長を務めたり、DemoDay.Tokyoを運営するなどフリーのPR・編集者・他いろいろとして活躍中。
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> オフィシャルブログ 『ciotan blog』

[ライター/酒井栄太(Concent) カメラマン/黒川隆斗(Concent)]

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