Case 06

「自分の記憶ではなく、みんなの記憶になる」記憶障害と戦うミュージシャン GOMAの「UCHILA」

2016/08/08
交通事故により脳に損傷を受け、事故以前約10年分の記憶を失い、さらには新しい記憶が定着しづらくなるなどの記憶障害を抱えることとなった GOMAさん。逆境にも前向きに立ち向かっていくGOMAさんに、自分の経験を通したメッセージを語っていただきました。

逆境と戦う人に勇気を与えたい

― 事故にあってから、以前から活動していた音楽に続いて絵画、映画、そして今回出版されることとなった書籍と、さまざまなメディアで作品を発表していらっしゃいますが、そのモチベーションはどこから生まれているのでしょうか?

高次脳機能障害になった人の中で、社会復帰できている人は少ないんですよ。そんななか、僕は音楽や絵を通して社会に戻れるようになった。障害がある中で社会復帰することができた人間として、「いろいろなことを伝えなければならない」、という使命感はありますね。どんな体験をして、どんな症状が出て、どうやって回復したかとか。

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― それは医療的な意義や社会を啓蒙することにも繋がりますが、何よりも同じ症状を抱える人にとってはとても心強いことでしょうね。

パット・マルティーノっていう、脳損傷から10年かけて復帰し、今も第一線で活躍してるジャズギタリストがアメリカにいるんですよ。彼のドキュメンタリー作品を見て僕はめちゃくちゃ勇気をもらって救われたんです。この作品を観たときに、僕も必ず人に勇気を与えられるような作品を創りたい、と思わされました。

― 自分が救われた分、同じように苦しむ人を救いたい、ということでしょうか。

僕のように障害を持ってしまった人はもちろん、いろんな逆境と戦う人を勇気づけられたらいいなと思いますね。障害云々を抜きにして、なにかに立ち向かいながら絞り出した言葉というのは、前に進みたいって気持ちのある人には伝わるんじゃないかな。

― 作品を発表することについて悩みなどはありましたか?

やっぱり、最初は発表するか迷いましたね。自分が障害を抱えていると公表することについて、良いか悪いかのジャッジを下すことが難しかったです。色眼鏡で見られるようになるかもしれないし、何より娘や妻にまで何か迷惑がかかるかもしれないと考えたので。

― 発表することによるリスクを考えたと

とはいえ、結果からいうと発表して良かったと思いますね。確かにこのことで離れていった人もいたし、まともに話してくれる人も減りました。でも、その分ほんとの意味で繋がれる仲間ができたし、人とのつながりはかえって強固になったと思います。

過去と未来の自分を繋ぐ「ディジュリドゥ」

― 映像作品については、また創りたいと思いますか?

思いますね。自分の考えもどんどん変わっていくし。僕の二回目の人生の処女作「フラッシュバックメモリーズ3D」を撮り終えてからも、発信したいことがどんどん増えてきています。しかし急いで作るのではなく、時間をかけて暖めたものをいいタイミングで発表したいですね

― 楽器、ディジュリドゥを演奏することは、gomaさんにとってどのような意味をもつのでしょうか?

ディジュリドゥは、自分の一回目の人生と二回目の人生をつないでくれる唯一のものなんです。事故前の曲を演奏していると不思議な気分になるときがあって。脳じゃなくて、身体に残った記憶が共鳴しているみたいに、気分が高揚するんですよ。

― 記憶は脳にのみ宿るものではないということですね。記憶を失った直後は、ディジュリドゥが何に使うものかさえ分からなくなってしまったとお伺いしていますが、どのような形で再び演奏をするようになったのでしょうか。

事故のあと、しばらくはディジュリドゥに触れる気が起きなかったんです。でも家族が、特に娘が「パパの演奏するところがまた見たい」というようなことを毎日のように言ってくれて。

― 家族のおかげで再びディジュリドゥを手に取ることができたと。

再び演奏するようになってからは、事故に遭う以前の自分を追いかけるように練習していました。でも、事故前と同じようにできないってこともだんだん解かってきて。今度やる出版記念ライブが“事故にサヨナラ”ってタイトルなのは、そこに見切りをつける、できない自分を受け入れようって意味で付けています。

悩んでいるときは、頭を空っぽにするのが大事

― 昔は昔、今は今だと割り切って、前に進もうというメッセージがあるわけですね。では、今度は事故後にGOMAさんが描き始めた絵のことについてお聞かせ願えますでしょうか。

なんで描き始めたのかは自分でもよく分かってないんですよ。娘の絵の具を自分のものだと思ったのか、気付いたら描いてましたね。でも、絵を描き始めたことによってすごく救われました。最初の社会復帰のきっかけをくれたのも絵でしたし。僕にとってのリハビリのひとつにもなってるから、今は無いと生きていけないですね。

― アウトプットすることがリハビリに繋がっているということでしょうか。

僕にとっての絵は、脳の中に出てくる思考やアイデアを視覚的なものとして落とし込む作業なんです。そうすることで、脳の中のスペースが空く。普通の人の脳が100だとしたら、僕の脳は50のキャパしかないといった感じなんですよ。普通の人なら5つとか6つのことを同時にこなせるとしても、僕は2つ3つ何かをするとすぐ容量がなくなっちゃう。だから一個一個形にしていかないと、生活がなりたたなくなってしまうんです。

― 絵を描くこと以外に、自分の精神的な部分をケアするために行っていることはありますか?

ヨガとランニングですね。ヨガは肉体的にも血流やリンパの流れが良くなるし、瞑想的になるから頭の整理ができる。精神と肉体、両方にいいわけですよ。それはランニングも同じで。

― 走ることで完全な一人の時間を作って、自分と向き合うということでしょうか?

向き合うというか、向き合ってる状態を超えて無心になることが大切なんです。ランナーズハイというやつですね。何も考えない状態を作ると、脳が整理されるんです。

― 悩んでいるときは身体を動かせということでしょうか。

大いに言えますね。悩んでるときって、大抵考えすぎているときですから。それに、運動をして頭をからっぽにした後は新しいアイデアも生まれやすくなりますしね。仕事が忙しくて身体を動かす時間がとれないとしても、ちょっとの時間でも運動をしたほうが、仕事の効率も良くなると思います。

かけがえのない仲間を作るには、まず自分がオープンになる

― 事故を経て、自分の考え方の中で変わった部分はありますか?

もしかしたら事故でこの世からいなくなっていたかもしれない、でも僕は戻ってきた。それなら、この世界にいる間、残りの時間をどう過ごすか、みたいなことをよく考えるようになりましたね。同じ時間を過ごすなら、部屋にこもって悩みながら過ごすか、外に出て人と会ったり、映画や音楽を楽しむことで刺激を得るか。どちらを選んでもいつかこの世を去るなら、僕は前向きに活動したいわけですよ。

― すごくポジティブな姿勢ですね。

事故にあったばかりの頃は、いろんなことがうまく出来ない事に対して苛立っていたし、かなりふさぎ込んでいました。でもある時、目線を変えれば出来ることはまだまだ膨大にあるって気付いたんです。何をしていても時間は流れるわけですから、どういう意義で自分が過ごしたいか考えることは大切なんですよ。明日はどう過ごすか、来週はどう過ごしたいか、1年後は? 10年後は?といった感じで、いろいろなスパンでものを考えるようにしたほうが、悔いなく生きられると思います。

― 何気なく過ごしていると、どんどん時間が過ぎていきますもんね。

そう。特に若い頃ってのは時間なんていくらでもあるって思いがちですしね。先のことなんて考えないし。アクシデントは、いつ誰にでも起こりえることだから、いつこの世を去ってもいいように一日一日を大切にしてほしいです。

― 程度にもよりますが、予期せぬアクシデントやトラブルに見舞われた際、こういう風に考えればいいんだ、みたいな身構え方はありますか?

とにかくふさぎ込まないことと、一人で抱え込まないことですね。悩みを素直に話せる仲間を持つこと。辛いときには、やっぱり仲間の存在は大きいですよ。

― 仲間、ですか。

自分の素直な気持ちを語れる仲間は大事ですよ。上っ面だけの関係じゃなくて、本当の気持ちを伝え合える仲間。そういう仲間を作るにはまず自分がオープンにならないとダメです。格好つけたり予防線を張らずに話さないと。嫌われたりぶつかったりすることを恐れないようにしましょう。オープンになった結果、離れていく人間がいたとしても、その相手とは無理に付き合う必要はないです。

― 逆にいえば、自分をオープンにすることで自分と合わない人が自然に離れていくので、相性のいい人間だけが残るわけですね。

なかなか自分と合う人がいなかったとしても、そんな仲間が一人二人いただけで全然違いますよ。今、自分の周りにそういう相手がいるなら、大切にした方がいいです。もし自分が苦境に立たされたときに、ちゃんと付き合ってきた仲間は必ず助けてくれますから。逆にいうと、ちゃんと付き合ってこなかった相手は確実に離れていきますね。

― 八方美人ではいつか周りも離れていってしまうということですか。

何かあったときに離れていく人、助けてくれた人ってのを見てると、自分がどういう生き方をしてきたのかが見えてくるので、考えさせられますよ。人との絆の大切さに気付かされたことは、自分が事故や障害になった経験の中で良かった部分だと思いますね。普通に生活してると案外見えにくいことでもありますから。

― GOMAさんの今後の展望のようなものがあれば、お聞かせ願えますでしょうか。

あちこち回ってメッセージを伝えたいですね。今年はオーストラリアで個展をしたのですが、“体験”が根っこにあるメッセージっていうのは人種や国境を越えるものだと感じました。なので、作品を通して全世界にメッセージを発信したい、というのが今の目標ですかね。

― では最後に、この記事を読んでる若者にメッセージをお願いします。

とにかくいろいろチャレンジして、たくさん遊んでほしいですね。遊びの中から生まれるものって、勉強や仕事では得られないものがありますから。もう一つは、さきほども言いましたが、かけがえのない仲間を作ること。バイブスの合う一生ものの仲間に出会えるよう、素直な生き方をしてほしいと思います!

このインタビューに答えた人

GOMA

1973年大阪府生まれ。オーストラリア先住民族の管楽器ディジュリドゥの奏者。また画家としても活躍する。この夏、自身の軌跡を綴った初の書籍『失った記憶 光りはじめた僕の世界』を出版。
> オフィシャルHP
<書籍情報>
GOMA著『失った記憶 ひかりはじめた僕の世界』
中央法規出版 / 1,600円(税別) / 絶賛発売中!
書籍特設サイト(http://gomaweb.net/memory/)

[ライター/今井辰実(Concent) カメラマン/黒川隆斗(Concent)]

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