Case 07

好きなことを仕事にしてもまだ夢の途中 イラストレーター矢原由布子の「UCHILA」

2016/08/08
京都府出身のイラストレーター矢原由布子さん。幼い頃から絵を描くことが好きだった矢原さんは、どうやって好きなことを仕事にしたのでしょうか。京都で過ごした学生時代のお話や夢を叶えるまでの過程をお伺いしました。

自己流で絵本を描いていた素人時代

―イラストレーターとして活躍される矢原さんですが、現在は具体的にどのような活動をされているのですか?

イラストのお仕事や絵本の制作、また、絵の展示も定期的に行っています。展示の際にはスケッチ&ハンコオーダーなどのイベントも。子育て中なので今はお休みをしていますが、消しゴムハンコのワークショップもいろいろな所で開催しています。

―イラストレーターになるために専門的な勉強をされてきたのですか?

幼い頃から絵を描くことが好きだったので、小学校3年生くらいからアトリエに通っていました。高校は地元の銅駝美術工芸高等学校の図案科(現在はデザイン科)へ進学しました。

勉強が嫌いで、絵もなんとなくやれば出来る、みたいに思っていたので、とても不真面目でしたね。高校は三条や四条が近かったので、カラオケに行ったりご飯を食べに行って何時間も入り浸っていたり、そのためにバイトしたり。本当に今思えばもったいないことをしたと心から思います。

そして大学は、京都芸術短期大学のランドスケープデザインコースという絵とはまったく違う分野に進学しました。

【ランドスケープデザイン】
建築や自然と共に都市の風景を創り出すデザインのこと。

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―絵を描くことが好きだったのに、なぜ違う分野を学ぼうと思われたのですか?

高校で絵のうまい人たちにもまれ自信をなくしてしまったんです。でも、進学してみたもののやっぱり違いました(笑)やっぱり絵本を描きたかった!と思い、卒業制作は皆、庭や公園に関するものを発表する中で、私は絵本を制作しました。

―絵本作家への第一歩は卒業制作だったのですね。

母が保育士をしていて、小さいころから絵本をたくさん読んでもらっていたためか、気づいたら絵本作家になりたいと思っていました。なので、絵本はそれまでにもいくつか作っているんです。大学だけでなく、高校の卒業制作でも絵本を作りましたし。大学卒業後、展示でお声がかかると絵本を制作していたのですが、絵本に関しては特に勉強はせず、自己流で描きたいものだけを描いていました。しかしある時、「これじゃいかん!」と思い、東京の吉祥寺にある絵本専門店「トムズボックス」の土井さんが主催する絵本作家を養成するワークショップに通いました。

京都っぽいからという理由ひとつで鎌倉へ

―大学を卒業されてから、すぐ東京に上京されたのですか?

大学卒業後、都内にある洋服屋が京都で催事を開催するとのことで、イラストレーターの友人から催事会場での短期バイトを紹介してもらったんです。そこで2週間ほど働いて、その時のアルバイト先の社長から、鎌倉にお店を出すので働かないかと誘われ、勢いで鎌倉に住むことになりました。トランクひとつで上京したのですが、今思うと本当に勢いがあったなと思います。

―勢いで上京されて、ホームシックなどになりませんでしたか?

実は、最初に住んだ鎌倉は、京都っぽいのでやっていける!と思って生活拠点をそこに決めたんです。なので、ホームシックはそこまでなっていないかもしれません。それに、嫌になればすぐ帰ればいいや~くらいな感じでしたし。その頃よりも、子育て中の今のほうがホームシックかもしれません(笑)


―関東と関西の両方で暮らしてみて、故郷・京都のことはどう思われますか?

生まれも育ちも京都で、家族は伝統工芸の“着物に手刺繍を施す”仕事という、京都らしい環境でずっと過ごしていました。京都は、本当に良いところだと思います。古いものや景観、伝統が今もたくさん残っているところがすごく好きです。地元にいるうちにもっといろいろなところへ行っておけば良かったと後悔しているくらいです。

もっと絵を描きたいからイラストレーターになりたかった

―上京されてからも絵は描き続けていたのですか?

上京してからも鎌倉でバイトをしながらイラストの仕事をちょこちょことしている感じだったのですが、コンペに出した絵本『ドリとオニクのおはなし』が文芸社絵本大賞を受賞し、そこから気持ちが変わりました。「きっとバイトを辞めてもやっていける!」と変な自信が生まれ、絵本作家としてまだまだの段階でバイトをやめて、イラスト一本にしぼりました。

―そこからプロになろうと決心されたのですか?

決心したのは、京都時代ですね。京都にいる間はずっと悶々としていて、どうしたらお仕事としてやっていけるのか、ということをただ頭の中で考えるだけで、特になにもしていなかったんです。絵の制作も、展示の誘いがあれば少しやるけど、あとはただただバイトして1日終わる、と言った感じでダメダメの日々を過ごしていて。

でも、上京するきっかけにもなったイラストレーターの友人とヨーロッパへ旅行に行き、もっと絵を描きたい!こんなことしてたらいかん!!と思わせてくれたんです。やはり、広い世界をみて、いろいろなことを感じるのは大切ですね。その旅行をきっかけに、京都の智恩寺で行われる手づくり市に出店したりと創作に意欲的になりました。

母になって、もっと絵本が面白くなった

―矢原さんは、イラスト以外にストーリーも書かれているとのことなのですが、
イラストのみの場合と、心がけていることがなにか違ったりするのでしょうか。

今のところはとくにないです。絵本の世界に入りこんで、気持ちをこめて描いています。でも、子どもが産まれてからは、ずっと大人向けの絵本を好んで読んでいて、描く方でも大人向けのもの多かったのに、子どもの目線で絵本を選ぶようになり、こんなに面白かったのか!と感動していて。「少しは子どもの目線で考えられるようになったかなあ」とこれからの自分に期待しています(笑)

―矢原さんの絵本の中に『ワハハのくにのものがたり~ブラッシュとまほうのハブラシ~』という歯にまつわる作品がありますがどうして“歯”なのでしょうか。

鹿児島にある子どもの予防歯科に力を入れている、ワハハキッズデンタルランドが全国展開する際、“子どもたちが楽しんで通えるような世界観やキャラクターを作ってほしい”というなんとも楽しそうなご依頼をいただいたんです。その歯医者さんと一緒に製作しました。

―そうした本は子どもの目線になって製作されるのですか?

子どもたちだけでなく、お父さんお母さんも一緒に楽しんで学んでもらえたらという思いを込めて作りました。ハブラシをしないとどんなことが口の中で起こるのか、私自身知っていそうではっきりとは知らなかったので、たくさんの方にこれを読んで知ってもらえたら嬉しいです。“口の中”をいろいろなキャラクターたちに例え、分かりやすいストーリーとなっています。

今もまだ夢の途中

―さまざまな挑戦をされている矢原さんですが、これから挑戦してみたいことなど、今後の展望を教えてください。

仕事面では、今あるお仕事を大切に、少しずつそのご縁が広がっていけばなあと思っています。趣味で描いているような、子どものイラストやお花のイラストなんかも仕事でいかせたら嬉しいです。イラストレーターや絵本作家としてお仕事はさせていただいていますが、もっと成長したいと思っていて。まだ夢が叶ったと思っていないんです。なので、もう少し子育てが落ち着いたら、絵本ももっともっと描いていきたいです。

―まだ夢の途中ということですか。プライベートでの展望はありますか?

プライベートな面では、父と作品を作り、いずれふたり展をやりたいと思っています。私の結婚式の際、刺繍職人の父から私が描いた紫陽花の絵を元にした刺繍画をもらいました。それが本当に好きで、またそうしたコラボレーションを一緒にやりたいです。また、展示の際に作った「子ども新聞」という子どもの成長を描いたものも続けていきたいし……。単なる親バカなんですけどね(笑)やりたいことがたくさんありすぎて何から手をつけようと迷ってしまうくらいです。

―それでは最後に、関西在住の若者にメッセージをお願いいたします。

自身も夢の途中なので、偉そうなことは言えませんが……。
千里の道も一歩から!コツコツと積み重ねていけば、いずれ道ができ、目指すものに近づいて行くと思います。でも遊ぶときはしっかり遊んでくださいね。メリハリも大事です。そうやって気負いすぎず、一歩ずつ進んで行けばいつかは道が開きますよ〜。

このインタビューに答えた人

矢原由布子

京都府生まれ。フリーのイラストレーター・絵本作家。2012年には著書の『ドリとオニクのおはなし』が文芸社絵本大賞を受賞。イラスト以外にも消しゴムはんこの作家としても活躍中。
ホームページ

[ライター/松島由佳(Concent)]

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